父は元牧師。母はその父を長い年月、静かに支えてきました。
毎年、教会のクリスマス礼拝で、父はクリスマスメッセージを語っていました。牧師を引退してから、いつからでしょう。体調のこともあり、クリスマスの燭火礼拝を失礼して、家で過ごすようになりました。
外の冷たい空気とは対照的に、家の中には、やわらかな静けさがありました。
その頃から、YouTubeで、パイプオルガンによる賛美礼拝を一緒に聴くようになりました。荘厳で、深く、胸に響くパイプオルガンの音色。讃美歌の旋律に包まれながら、画面を見つめる父は、静かに、涙を流していました。

父はベッドの上で、母はそのそばに腰を下ろし、同じ調べに、じっと耳を傾けていました。言葉は交わさなくても、同じ音を聴き、同じ時間が、ゆっくりと流れていました。それは、まるで礼拝堂にいるかのような、静かな時間でした。
それから毎年、パイプオルガンの調べとともに、家で過ごす夜となりました。
今日は、クリスマス・イヴ。
救い主の誕生の知らせを、最初に聞いたのは、羊飼いたちでした。人里離れた、月明かりと星の下で、夜空を見上げながら。焚き火にあたり、羊を守るために、眠らずに夜を過ごしていた人たち。夜空の下にいただけでなく、それぞれの心にも、夜がありました。
その夜を破るように、光が、彼らを包みました。天の使いは言いました。

「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」(ルカの福音書 2章10〜11節/新改訳2017)
今、晩年を迎えた両親の静けさの中にも、その知らせは、そっと届いています。あの夜と同じように、小さなともしびが宿り。