飲み込めたしあわせ― 柔らか親子丼

介護をはじめて一年と四か月。その日々の中で、台所の工夫も祈りのかたちも、少しずつ変わってきました。

夏のあいだ、父の嚥下が弱くなり、飲み込むまでに時間がかかるようになりました。一口ごとに見守りながら、「どうしたらもう少し食べやすくできるだろう」──そんな思いが、いつの間にか日々の祈りになっていました。

秋の入口。朝晩の空気がひんやりして、温かいごはんが恋しくなるころ。この日の晩ごはんは、やさしい親子丼。鶏ミンチに片栗粉を加えて、手でやさしく混ぜ合わせます。片栗粉がやわらかくコーティングして、火を通してもふんわり。

そこに電子レンジで温めた粗みじんのタマネギを加え、油は使わず、木べらでゆっくりとほぐしながら弱火で炒めます。焦げないように水を半カップほど加えて、混ぜながらしっとりと火を通します。片栗粉のトロミとタマネギの甘みがやさしくなじみ、ミンチが固くならず、やわらかく仕上がります。だし汁で味を整え、卵でとじると、ふんわりと湯気の立つ親子丼ができあがりました。

父のごはんは全粥。熱すぎないように冷ましてから、ベッドの背もたれを少し起こし、ゆっくりとスプーンでひと口。「食べやすいね?」とたずねると、父は小さくうなずいて、のどごしよく──ごくり、と飲み込む音がしました。

父はベッドで食事をとります。私の食卓は、そのすぐ向こう、手を伸ばせば届く距離。父の介助を終え、私もその場で、ゆっくりとごはんをいただきます。それぞれの場所は違っても、同じ湯気の中にいるような時間でした。

特別なことはしていないのに、そこには確かに“いのちの喜び”がありました。わが家の台所から生まれた、やさしさのひとさじ。父のうなずきが、なによりのごほうびです。

今日もまた、同じ空気の中で食事をいただけたことがうれしくて。静かな午後の光の中で、神さまがこの日もいのちを守ってくださったことに、そっと感謝しました。

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