白い天井にゆれる秋 −父に届けた懐かしいぶどうの房

「寝ている時間が長い方は、白い天井ばかりを見ています。そこには何の刺激もありません。」

理学療法士の先生がそう話してくださいました。父もベッドで過ごす時間が多く、見上げるのはいつも同じ天井。その言葉に、はっと胸を突かれました。

9月の初めには、両親の部屋――私たちは「祈りの園生(そのう)」と呼んでいます(両親の部屋の名前です)――を秋らしく飾りました。窓や壁にはリスや小鳥、紅葉のシールを。ポトスには造花の秋の花をさして、季節の気配をそっと届けました。

けれど、いちばん長く父が見ているのは、その白い天井でした。病院でも家でも同じ天井。だからこそ、祈りの園生の天井に秋を吊るしてみたいと思ったのです。100均でいろ紙と紅葉のつる飾りを買い、YouTubeを見ながらぶどうを折りました。紫や藤色、淡い黄緑を重ね合わせ、父が馴染みのあるぶどうを思い浮かべながら。

ピオーネを二房。

シャインマスカットを二房。

巨峰を一房。

一房ずつ結びつける私の手元を、父はじっと見つめていました。目が輝き、まるで待ちわびているようでした。「お父さん、これは岡山のピオーネ。種がなくて甘いよね」「こっちは福岡の巨峰。甘くてジューシーで美味しいよね」「それから、岡山のシャインマスカット。皮ごと食べられて、上品な甘さがあるよね」

懐かしい地名と味わいを添えて、できるだけ多く言葉をかけました。父は耳を澄ませ、折り紙の房を目で追いながら、その声を楽しむようでした。五つの房を紅葉のつたに吊るし、父の手が届きそうな位置に飾ると、「きれいね〜」と嬉しそうに声をあげました。

白い天井しかなかった視界に、なじみの果実と懐かしい地名が彩りを添えた瞬間。紙で作った小さな飾りですが、父にとっては岡山や福岡の秋の恵みそのものだったのでしょう。

介護の工夫は、大きなことではなくてもいい。身近ないろ紙を使った手作りが、視覚の刺激となり、心を和ませる。そしてそこに添えられた言葉や思いが、笑顔へとつながっていくのだと感じました。

この秋は、窓や壁だけでなく、祈りの園生の白い天井にも。ゆれるぶどうの房に、父のまなざしと懐かしい記憶が重なっています。

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