尊厳のまなざし―介護の日(11月11日)に寄せて
朝、窓を開けると、冷たい空気がすっと部屋に入りました。季節は、静かに歩みを進めています。その小さな移ろいに気づけることも、家で過ごす時間が増えたからかもしれません。
父は、病院に通うことがむずかしくなり、在宅での介護と見守りが中心になりました。通院していた頃は、時間に追われるように支度をし、移動の途中で気持ちも身体も張りつめていたように思います。いまは、家の中で、父の呼吸に合わせて過ごす時間が増えました。ゆっくりとした日々の中で、大切にしたいものが、少しずつ見えてきたように感じます。

在宅での暮らしを考えはじめた頃、母はソーシャルワーカーの方と、時間をかけて話をしました。父と母がどんなふうに歩んできたのか、これからどんなふうに過ごしていきたいのか。
母の言葉が、母の速度のまま形になるまで、急かされることなく、静かに受け止めていただいた時間でした。その静かな対話が、今の暮らしへと、そっと背中を押してくれました。
在宅療養で往診に来てくださる H先生は、お若いのに、いつもとても謙虚で、あたたかな方です。母が言葉を探しているときも、急がせず、ただ待っていてくださいます。「症状」より先に、母という人 を見てくださっていることが伝わります。
母は時々、嬉しそうに言います。
「H先生は、話しやすいね。」
その声は、心の奥からほっと緩んだ声でした。

先日の往診の日。父はよく声が通っていました。
「よろしくお願いします!」
H先生は父と目を合わせ、同じくらいの声の大きさで、やわらかく返してくださいました。「こちらこそ、よろしくお願いします。」それだけの短いやりとりなのに、父の表情がふわりとやわらぎました。その様子を見ていた私の胸にも、そっとあたたかさが広がりました。
先生が帰られたあと、母が静かに言いました。「よかったね…… お父さん、ちゃんと見てくださってる。」その声には、長い時間を共に歩んできた人だけが知っている、やわらかな安堵がにじんでいました。
今日もまた、父と母と共に、静かな時間を過ごしています。そばには、見守ってくださる方々のまなざしがあります。今日も、尊厳の中に生かされています。
