母らしく、私らしく

父が天に召されて、もうすぐ三ヶ月になります。慌ただしかった日々も少しずつ静まり、生活もようやく落ち着きを取り戻してきました。父を中心に回っていた時間が、ゆっくりとほどけていき、今は母と私の暮らしが始まりました。

母と私の第二章です。

父が、最後まで父らしく過ごせたように。
母も、母らしく。
私も、私らしく。

これが、今の私の願いです。そして、何度もそこへ戻っていく、祈りでもあります。母は、もともと牧師夫人でした。たくさんの方々と出会い、祈り、支え、そして祈られてきた人です。

今は目が見えにくく、手もしびれ、以前のように自分でさっと動くことは難しくなりました。それでも、母の中には、母として歩んできた時間があります。人を思い、祈ってきた日々があります。支え、支えられてきた人生があります。そのことを、私は忘れずにいたいと思います。

食事、衣服、移動、排泄、入浴。暮らしの中で、手を添える場面も少しずつ増えてきました。入浴介助は、訪問看護師さんに助けていただく日もあれば、私がする時もあります。

それでも母には、母の思いがあります。母のペースがあります。母の大切にしたい順番があります。私の心が追いつかなくなるのは、介助そのものよりも、何度もくり返される確認や質問かもしれません。

暑い、寒い、今は何度か。
今度の受診はいつだったか。
リハビリは何時からだったか。

母にとっては、きっと、どれも大切なこと。そう分かっていても、心が追いつかない日があります。

夜中のトイレ誘導と見守り。
くり返される確認。
母のこだわり。

できる工夫は、してきたつもりです。それでも、どうにもならない日があります。母が悪いわけでも、私が足りないからでもありません。母の不自由を思うと、胸が痛みます。それでも、私の心に余白がなくなる。

それが、つらいのです。

それでも、やっぱりそばにいたいのです。

母らしく。
私らしく。

母が注いでくれた優しいまなざしを、今度は私の目に宿せますように。母が歩んできた道の続きを、
今度はふたりで、ゆっくりと歩んでいけますように。母が私の手を握ってくれた、そのぬくもりを忘れずに、今日もこの手をそっと添えられますように。母らしく生きてほしい。そして、私も私らしく母のそばにいたい。日々の中で、私自身の心まで置き去りにしないように。

父の在宅医療介護を、家族で支えた日々がありました。大変なことも、心細い夜もありました。それでも今振り返ると、神さまに支えられた、宝のような日々でした。その時間を通ってきた私たちは、今また、それぞれの場所から母を思い、そっと手を添えたいと願っています。父の介護とはまた違う難しさがあります。

今日できることを、ひとつずつ。

母らしく。
私らしく。

母と私の第二章が、静かに始まりました。

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