母は一日に何度も室内を歩きます。
そのほとんどは、トイレへ向かう小さな散歩です。
トイレに行きたくなるたびに、母の前にマイカーをつけます。
「ありがとう。」
そう言う母の手を、私はそっとハンドルへ誘導します。
母がぎゅっと握ったのを確かめると、私も片手で歩行器のハンドルを握り、もう片方の手は、母がふらついた時にすぐ支えられるようそっと添えます。
足元や周りの安全を確認して、
「お母さん、出発しますよ。」
「はい。」
私は歩行器のブレーキを外します。
「ゆっくり行きますよ。」
「右に曲がりま〜す。」
歩行器がぶれないように、ハンドルを握った手首でほんの少しずつ向きを微調整します。
ゆっくり、一歩。
また、一歩。
すると母が、しみじみと、
「楽だ〜。」

心臓が弱く、少し歩くだけでも息切れしていた母。
歩行器と一緒に歩くと、背筋がすっと伸び、息切れすることもなく、足取りも軽くなります。
「あぁ〜、気持ちいい。」
父のベッドがなくなった「祈りの園生」には、小さな散歩道ができました。
この日の祈りの園生には、音楽のかわりに、
「お母さん、ゆっくりね。」
「そのままで大丈夫ですよ〜。」
「はい、回りま〜す。」
そんな私たちのかけ声が、やさしく響いていました。
昨年11月頃から、母の足は心臓の影響で大きくむくんでいました。
在宅医の先生が薬を調整してくださり、訪問看護師さんは毎回メジャーで足の太さを測り、体重を記録してくださいました。
リハビリの先生は、むくみを和らげる運動や、身体に負担がかかって痛むところを少しでも楽にできるよう支えてくださり、薬剤師さん、ケアマネジャーさん、福祉用具さんも、それぞれの専門性で母を支えてくださいました。
こうして、在宅医療・介護のワンチームの皆さまのおかげで、母は安心して「祈りの園生」を歩けるようになり、足のむくみもずいぶん良くなりました。
歩行器のとなりを歩きながら、ふと思いました。
父が寝たきりになり、全介助になってからは、どうしても父の介助が先になりました。
身支度、食事、排泄、体位交換……。
「お母さん、ごめんね。ちょっと待ってね。」
そう声をかけることが、毎日のようにありました。
母は、「まだ?」とも「早くして」とも言わない人でした。
父の介護を優先しなければならないことを、母なりによくわかってくれていたのでしょう。
できることが少しずつ難しくなっても、娘の手を少しでも煩わせまいとする。
それが、母なりの父への協力の形だったのかもしれません。
「服はどこ?」
「前と後ろ、どっちかな?」
と、小さな声で母が聞きます。

父が召されてから、そんな母の “Can you help me?”(手伝ってくれる?)が、ひとつ、またひとつと増えてきました。
あれも、これも。
お母さん、ずいぶん待ってたんだね。
お待たせしました。
お母さんの番ですね。
ベッドに腰かけている母の前にしゃがんで、母の目線まで降ります。
右足にスリッパを履かせ、
左足にもスリッパを履かせます。
「いち、に、さん。」
母と一緒に立ち上がって、歩行器のハンドルに母の手をそっと添えます。
もう一度、
“Can I help you?”
(何かお手伝いしましょうか)
「お母さん、出発しますよ。」
「はい。」
ゆっくり、一歩。
また、一歩。
二人で歩いていきましょう。
お母さんの歩幅で、
お母さんの呼吸で。
