梅雨に入ったはずなのに、窓の外は思ったより明るくて。
少し遅めの朝食の時間に、YouTube MusicでクリスチャンJazzを小さく流すようになりました。
テレビ画面には、花のあるカフェのような風景。
やわらかな音楽と、画面の中の花が重なるだけで、いつもの食卓が、まるで違う場所のように見えてきます。
緑と花と音楽に包まれた食卓は、わが家の小さな朝カフェ。
部屋にはポトス。
そして、シュガーバインのハンギングを吊るしました。

テーブルにはラベンダー。
窓の外には、ベランダの軒下で雨をよけながら、そっと咲いているカリブラコア・カプチーノのハンギング。
少しずつ緑や花が増えていくと、いつもの部屋に、さわやかな朝の光が差し込んだように感じます。
思わず深呼吸したくなる朝です。
父を天に送ってから、わが家の食卓の景色は少し変わりました。
父と家で過ごしていたころ、朝の時間は、父のペースに合わせてゆっくり流れていました。
食べやすいように。
飲み込みやすいように。
ひと口ずつ、父の様子を見ながら、家族の朝が静かに進んでいきました。
そのころは、「朝カフェ」の看板を出すというより、父のそばで朝を過ごすことそのものが、わが家の大切な時間だったのだと思います。
父と母は、91歳になるまで、長い年月を共に歩んできました。
助け合い、支え合い、時には言葉にしなくても、そばにいることが当たり前のように。
その父を天に送ってから、母も母なりに、寂しさと疲れを抱えていたのでしょう。
それでも最近、母の食欲が少しずつ戻ってきました。
気のせいかもしれませんが、頬も少しふっくらしてきたように見えます。
それだけで、朝の気持ちが少し明るくなります。
最近の朝カフェの看板メニューは、レーズン入りのカボチャサラダです。
かたいカボチャは、まず電子レンジに二分ほどかけます。
少しやわらかくなったところで皮を削ぎ、ざく切りにして、カリフォルニアレーズンと一緒に、もう一度レンジへ。
ほくっとしたカボチャに、レーズンの甘みとほどよい酸味がなじんだら、マヨネーズを少し、塩こしょうをほんの少し。
甘さの中にやさしい塩気が加わって、いつもの一品が、少しだけ朝カフェのメニューのようになります。
小さな器に盛るだけで、なんだか嬉しくなる味です。

母は目が見えにくいので、朝食は一品ずつ小さな器に入れます。
介護用の器ですが、母にとっては手に取りやすく、安心できる器です。
食前の祈りのあと、私は母の手にそっと触れながら、今日のメニューをひとつずつ伝えます。
からだにやさしい野菜ジュース。
ミルクたっぷりのノンカフェオレ。
はちみつトースト。
半熟のゆで卵。
レーズン入りのカボチャサラダ。
バナナをのせたプレーンヨーグルト。
母が心の中で食卓を思い浮かべられるように、ゆっくり、ひとつずつ。
介護用の小さな器が並ぶ食卓も、クリスチャンJazzが流れ、グリーンが揺れ、テーブルにラベンダーがあるだけで、不思議と小さな朝カフェの席に座っているような、癒される時間になります。
母とふたりでゆっくり朝食をいただくこの時間が、今は、父がそっと残してくれた贈り物のようにも感じられます。
なんでもないことを、少しおしゃべりしたくなる朝。
しばらくお休みしていた朝カフェ。
静かに、オープンしました